2009.8.26(水) 観音峰登山
橿原神宮前駅より5駅先の下市口駅より登山口までタクシーで
約1時間かけて到着。 吊り橋を渡って登山開始。
参加者は前列、田所、山田、樋口、後列、吉村、平野、武平、岩壷。
平野さんは前校長先生で山田さんの山岳仲間でもあります。

ちょうど薄曇りで風はもう秋の到来を感じさせてくれました。登山途中は
汗だらだらでしたが、頂上で昼食を終えたころ雨がぱらつき、冷風が
吹いてきたので雨具を着て身を縮め、高所1347mの気温の恐ろしさを実感
しました。 今回の標高差は500m弱。


写真提供: 田所、吉村、岩壷。
リーダー先生の挨拶と訓辞:この山は小石が多いので浮き石に注意するよう。
先頭と後尾とは連絡がとれる距離を保つように。
この吊り橋はそうとう揺れました。前日、参加を取りやめると突然連絡して
こられたE氏のインスピレーションというか霊感の鋭さに感心したのでした。

ここまでは、まあまあでしたが、この後たいへんで、息がハーハー。
しかし樋口さんと吉村さんの健脚ぶりはすごかった。山田さん武平さん
平野さんは平地を歩く如く涼しい顔。樋口さんも本当は脱ぎたいのだけど
と云われたが紫外線防止姿で涼しげない振る舞い。
ポイント、ポイントで時刻などのメモをしておられる。
南北朝時代、大塔宮護良親王が一時期身を隠していたという。
頂上までまだ120mあるけど、ようここまで登れた、万歳をして、と頼んで
万歳してもらった。

あとで一人登ってきた若い人に撮ってもらった。万歳ポーズはもう疲れた。。。
このてっぺんで昼食。
標高1347mを指で表そうとしましたが。
右の者1という数字が出せていない。
なんでおれの足はこんなに軽いのだろうと上々の吉村さん、遠くで得意がって
おられる。 樋口さんも軽々と吉村さんの後を進まれたが、視界不良に陥り
後続を待っておられた。
下山途中の休憩、この休憩所は新築のまま、人によって汚されること少なく
風雨による汚れだけが目につきました。 この登山道には地元の金のかけかたが
はんぱじゃないと思いました。
後ろの若いひとは食後、湯をわかしてコーヒーを。
この水、天然水 ものすごくおいしかった。 ボトルを持ってここまで
汲みにくる人たちがいました。

田所さんが一過性の膝関節伸展麻痺におちいり、山田、武平、平野三氏が
下山歩行を親切に助けておられました。 急なステップのところを山田氏が
彼をおんぶして下ろされる姿にはいたく感動いたしました。

ああ、やっとバス停に着いた。3:40。 朝6時前に家をでて、阿部野橋7:20発の
電車。 9時間経過。

山田さんは日本の過去と未来についてひと一倍心配しておられます。中国
ロシア、北朝鮮との関係についても読書量の多さが窺えました。
ちょうど分岐点である古市で全員下車。 ここは居酒屋が多いです。
今営業努力によってみごとに復活した王将にて乾杯。どか食いのはじまりです。
先月も河内長野で王将だったな。
吉村さんはてきぱきとしたグルメ注文奉行でした。
樋口さん、なにか注文は? 小籠包と。 3皿注文しました。その他
9種類食べまくる。 味のはずれなしと感心。

彼女はオーロラを見に行きたいとおっしゃっておられました。行っても
見られへんことが多いで、という皆の発言のなか、わたしは、7期生の
オーロラ見学ツアーを立ち上げてと頼んだのでした。