平成25年7月3日

            千葉県から鹿児島県往復ドライブ旅行の記
                     小川誠二郎


5月20日発、6月11日帰宅までの間、一人で車で千葉県の我家から鹿児島県までもっぱら
一般道を走って往復して来ました。
会社時代の仲間12人が集合して遊ぶ会を毎年やっているのですが、今年は熊本県の阿蘇で
5月28,29,30日にやることになったので、それに前後の旅行をくっつけて行って来たのです。

車は三菱パジェロ23年目の18万キロ走ったディーゼルエンジンの奴で、運転席の後ろを
平らにして、合板で真っ平らにして、キャンプ用のエアマットを敷き、寝袋で寝るようにして、
道の駅やコンビニの駐車場で車中泊の態勢です。
道中、鳥取県の大山、大分県の久住山、鹿児島県の開聞岳に登頂しました。
最近は登山に弱くなって、住んでいる町の山の会の山行に行くと、登りのスピードについて
行けなくなっているので、もう登山はできなくなったのか、時間さえかければできるのか、
確認しようと思って試みたものです。

標準時間の、登りは2倍以内、下りは1.5倍以内、を目標にして、超スローペース、
随時休憩、の方針でやってみたのですが、その範囲内で収まりました。
ゴルフも、プロの2倍叩けばなんとかできる、そのようなものでしょうか。
旅行の道中、面白そうな所に出くわしますと、時間を考えながら、見物をつまみ食いしました。
福井の朝倉氏の居城の一乗谷、鯖江のメガネ博物館、舞鶴市、入舟の里・伊根、鳥取砂丘、
松江、出雲大社(60年に一度の屋根の葺き替えが完成したばかり)、中津の福沢諭吉旧居と
記念館、熊本の本妙寺(加藤清正を祀る)、その5km山奥の宮本武蔵が籠って五輪書を書いた
洞窟・霊巌洞、鹿児島県知覧の特攻記念館、薩摩半島南端の長崎鼻、桶狭間古戦場、など
巡りました。阿蘇と熊本では仲間と宴会と観光バス観光をしました。

特攻記念館では、幼い子供二人に残す遺書とか、7人乗組の爆撃機も参加したとか、
1400人散華したとか、海軍がフィリピンで始めて陸軍もあとから参加したとか、等々
見聞して、出てきたときはものを言う元気も失せていました。
全部で4,078km走り、166,000円使いました。うち、燃料代50,000円、阿蘇の
会費30,000円、あとの86,000円で22日間を過ごしました。
阿蘇で2泊、ビジネスホテル2泊(鹿児島と福岡)、友人宅など4泊、合計タタミで8泊、
車中泊14泊でした。

風呂は、温泉場などではホテルで500円か600円で入浴させてくれますし、大型入浴設備が
随所にあって、ほとんど不自由なし、洗濯は入浴の時にジッパー付きの網袋に脱いだものを
入れて、洗剤をかけて、シャワーをかぶりながら踏み洗いし、上がるときにゆすいで絞り、
車内に張った紐にかけて乾かすやり方で不自由無しでした。

食事は、道中、ましな食事処があれば入ります。しかし、日本は大都会以外は過疎地ですので、
あまりいいところは無くて、あっても夜は早く閉まりますから、昼食をまともなところで食べるように
心掛けました。コンビニやスーパーで仕入れた食事やビールで駐車場で折り畳み椅子を出して
お茶など沸かして済ませたりしました。星を仰いで一杯やっていますと、道の駅には車中泊で
旅行している人が大抵居ますから、しばし歓談となったりします。

カーナビに頼ると勘が鈍ると思って意地でカーナビ無しで走っているのですが、地図や案内板では
判らないことが多々あります。しかし、人に聞こうにも、人に出合わないことが多くて、ずいぶん
無駄足をしました。やっぱり、カーナビ有りにしようかとも思いましたが、帰って来ると、
まあいいや、と思っています。
人に道を聞くと、土地の人と少しは話をしますが、熊本も鹿児島も、殆ど標準語で応対して
くれますので、拍子抜けと言うか、土地の風流が薄れて行く気がします。山陰道の方が方言が
残っている気がしました。

一般道を走ると日本の地形のベンキョウになります。往路、富山・岐阜に君臨する白山山系を
東から西に越えるのが大変で、天生峠は積雪のため閉鎖、南の白鳥まで南下して、
九頭龍川沿いに福井まで大回りしました。山陰道は真っ直ぐ走ると思ったら大間違いで、
町や村は海に向かって開けていますが、いちいち山の屏風で囲われて孤立していますから、
山越えして平地、山越えして平地、のことが多い地形と判ります。トンネルが盛んに作られていて、
距離を稼げるようにはなって来ていますし、高速道路の未完成のところは一般道扱いで
走らせてくれるところもあります。しかし、高速道路やトンネルは、距離の能率は上がりますが、
景色や地形の見物の観点からは面白くない気がします。帰途の山陽道、東海道はまあまあ
効率よく走れます。渋滞は往復とも予想していたほどはありませんでした。

阿蘇には、この調子でこれまで3回往復しており、今回は4回目でしたが、これまでは3月に
阿蘇の野焼きを九州の俳句仲間と見るために行っていたのですが、今回は5,6月で、
寒さの心配なしで気楽でした。

日程は次の通りでした;
5月20日(月)13:30千葉県我孫子市の自宅発→16号線→中山道(岩槻→熊谷→高崎→安中にてコンビニ駐車場で泊
5月21日(火)→軽井沢→佐久→岡谷→塩尻→木曽福島)→開田高原→飛騨古川にて道の駅で車中泊(天生峠越えを試みたが、積雪のため道路閉鎖)
5月22日(水)→白鳥→九頭龍川沿い→福井の朝倉の居城・一乗谷見物→鯖江・めがねの博物館見学→敦賀→舞鶴→丹後半島の伊根(舟入りの里)にて道の駅で車中泊
5月23日(木)→伊根見物→丹後半島を回って→鳥取砂丘に遊ぶ→大山寺の大山登山口の駐車場で車中泊
5月24日(金)→大山登頂→皆生温泉にて入浴→本庄にて道の駅で車中泊
5月25日(土)→松江にて松江城、武家屋敷、小泉八雲の家見物→出雲大社参詣(60年に一回の屋根の葺き替え完了して賑わっていた)→友人の母校・大社高校探訪→日御碕→萩にて道の駅で車中泊
5月26日(日)→下関→海底トンネル(150円)→門司→中津にて福沢諭吉の家と記念館見学→玖珠→久住山登山口・牧ノ戸駐車場にて車中泊
5月27日(月)→久住山登頂→阿蘇・内の牧温泉の角萬にて入浴→阿蘇駅前の道の駅にて車中泊
5月28日(火)→阿蘇、草千里、阿蘇神社、白川水源探訪→仲間と落合の宿舎着、会社時代の仲間12人で宴会、泊
5月29日(水)→観光バスでトンネル水源、白川水源、阿蘇神社参詣、大観峰→草千里→2日目の宴会、泊
5月30日(木)→熊本駅前駐車場に駐車して、一行と合流して、観光バスで熊本城、水前寺探訪→15:00熊本駅にて解散→友人一人と一緒に→鹿児島→天文館で一杯、東横イン泊
5月31日(金)→友人と別れて、七高跡、黎明館探訪、城山、磯公園見物→知覧・特攻記念館見学→開聞岳登山口駐車場にて車中泊
6月 1日(土)→開聞岳登頂→指宿温泉にて砂湯入浴→指宿の道の駅にて車中泊
6月 2日(日)→長崎鼻見物→枕崎→南薩摩市→薩摩川内→人吉市内見物、会社の先輩の母校、人吉高校探訪→球磨川沿いに→八代にて道の駅で車中泊
6月 3日(月)→熊本に出て、母の母校・春日小学校探訪→加藤清正を祀る本妙寺参詣→5km山奥の宮本武蔵が籠って「五輪書」を書いた洞窟、霊巌洞探訪→熊本に戻り→母の母校・熊本県立第一高等学校探訪→熊本大学内の五高(旧制第五高等学校)記念館探訪→会社の先輩の十時氏の母校・県立熊本高校探訪→玉名に移動・山越え→玉名温泉にて入浴、公園の駐車場で車中泊
6月 4日(火)→玉名駅前にて祖父夫婦と伯父夫婦の墓のある妙性寺参詣→父の幼少時住んだ家と母校・玉名町小学校探訪→福岡に移動→大宰府参詣→福岡にて俳句仲間と3人で天神にて一杯、グリーンホテル泊
6月 5日(水)→門司→海底トンネル(150円)→下関→徳山→広島→福山にて会社時代の友人宅泊
6月 6日(木)→会社の先輩を友人と一緒に大門の先輩宅に訪問→相生のコンビニの駐車場で車中泊
6月 7日(金)→網干の親戚宅訪問、広畑、新舞子、室津漁港など案内して頂く。朝&昼食ご馳走になって→大阪・堺のDR.都氏宅着17:30、泊
6月 8日(土)→天理にて三丘七期生の柔道家、石津宏一氏がオーナー経営の怒濤館柔道場を訪問見学→名古屋にて娘宅泊
6月 9日(日)→桶狭間古戦場探訪→沼津のコンビニの駐車場にて車中泊
6月10日(月)→伊豆にて、家内と親戚夫婦と落合い、夜、蛍見物、泊
6月11日(火)→伊豆高原駅付近散策→一人で伊豆スカイライン→箱根ターンパイク→小田原厚木道路→東名高速→首都高→常磐高速(夕方、我孫子で山の会の会議があったので、高速を利用)→17:30帰宅


入船の里・伊根

鳥取砂丘

大山頂上。稜線は危険のため進入禁止。
出雲大社
久住山頂上。立っているのがやっとの強風でした。

会社時代の仲間と阿蘇の宿舎前にて。
同、熊本城にて。

鹿児島県・知覧・特攻記念館
鹿児島県・開聞岳
開聞岳頂上にて

熊本市・本妙寺・加藤清正の銅像
本妙寺(加藤清正を祀る)

霊巌洞(宮本武蔵が籠った洞窟)

石津宏一氏宅&道場にて
愛知県豊明市の桶狭間古戦場(え?こんなところ?と思うくらいの
住宅街の中の小公園。今川義元の墓が明治になって建てられた)

↑の公園から1kmほど離れた別の公園↓

今川義元が討たれたのはこっちだと、二つの公園が譲らないそうです。
歴史的にはどっちか判らないそうです。